悪魔のいけにえ
なぜ10年間、マラソンから遠ざかっていたのか、
走ることを封印していたのかを、
25km地点を過ぎた頃に思い出した。
10年前のホノルルマラソンを走ったとき、
膝に古傷をつくってしまい、体中が悲鳴をあげ、
挙げ句の果てには、ゴール寸前で、
小学生とデットヒートを繰り広げ、
大人げなく僅差で勝利してしまったのだった。
心身ともボロボロとなった。
こんな苦しいこと、二度とやらねーと
心に固く誓っていたのだった。
時間というのは恐ろしい。
あの苦痛と苦悩に支配された時間さえも、
10年も経つと、かけがえのない美しい記憶に
変換されてしまっているのだ。
しかし、木津川の堤防の上を2時間あまり走ると、
いやが上にも、あの悪夢が思い出されることになった。
まるで固く閉ざされた氷の塊が溶けていくかのように、
ゆっくりとゆっくりと氷解し、悪夢は私に近づいてきたのだった。