教えること

ブログの更新を怠っている間に、34歳になってしまった。
今年でいよいよ35歳(人生を70年と考えたときの折り返し地点)になるわけだが、34歳にもなると、後輩が多くなる。
しぜん、後輩達を指導する機会も増えた。
いつのまにか、"教わる"立場から"教える"立場に変わっていた。
それはまるで、病魔のように、ゆるやかに、しかし着実に進行していた。
つまり、そういう年代になってしまったのだ。
企業に勤める友人を見渡してみても、役職付きでいっぱしに部下を指導している友人は多い。
幸か不幸か、この職には50歳を過ぎた頃に管理職にならなければ、部下というものをもつことはない。
強制力も指導する義務もない後輩という若者が、年の数だけ増えていくだけだ。

後輩は諸刃の剣だ。
運良く、熱心な指導力のある人たちと仕事をできれば育ち、
運悪く、責任感のかけらもない輩に囲まれてしまえば腐る。

若手の育成は、団塊世代リタイヤ後の日本社会の喫緊の課題だが、教師のような一国一城の主たちの多くは、関心を持とうともしない。
教えようが教えまいが給料も変わらないし、残業も多くなるし、やっかいなことに巻き込まれたりするからだ。
そんななかにあって、なぜ僕が教える立場にシフトチェンジしていったかというと、それは、同じく教師であることが理由だ。
どんなダメ教師でも、
「先生、教えて下さい」
という生徒の懇願を無下に拒むゲス野郎はいない。
たとえそれが、どんなに授業が下手な奴でも、
どんなに人間的に最低の奴でも、どんなにブサイクでも、
「先生、教えて下さい」
と言われ、断るクズ野郎は本当に驚くべきことにこれまでみたことがない。
(それはこの職種における唯一の美徳かもしれない)

教師といういきものは、本能的にか生得的にかはわからないが、教えることを回避できない体質なのだ。
それは、おそらく対象が生徒でなくても同じだと思う。
教えを乞われれば、教えずにはいられない教師の性から逃れることはできない。
僕が後輩に教えるのは、そういう理由からだ。

それに、僕自身もそうやって先輩から教えられて育ってきた。
そういった出会いがなければ、私はとっくに教師を辞めていただろうし、後輩に無関心な残念な人達は、後輩から教えを乞われることがなかっただけなのだろう。
(微力ながら先輩の真似をすることが、先輩への最大の恩返しだと思っている。それは仕事量や責任の割に給料もさほど高くない管理職になぜなったのかと尋ねても、多くの管理職も「恩返し」と言うことと無関係ではないはずだ。)

理由はそれだけではない。
なにより仲間が増えることは楽しいし、
今ではとんねるずが、なぜよく後輩芸人と仕事をするのかがよくわかる。
(若手を中心としたデキる漢をコンセプトにした飲み会を主催しているが、この飲み会はサイコーにおもしろい。この飲み会のために後輩に教えていると思えばお釣りがくるぐらいだ)

下世話なことをいえば、一国一城の主とはいえ、一人ではできない仕事はたくさんあるし、チームとして動くことも多いという現実に対処するには、仲間は多ければ多いほどプラスに働く。
当然、僕が後輩に助けてもらうことだっていっぱいあるし、その逆もある。


理由は後付けのような気もするが、ともかくも、34歳になって後輩を指導するようになった。
すると、仕事の仕方も変わってきた。
"見られている"ことを前提に、正確には"見せる"ことを前提に仕事をするようになった。

その際、大切にしていることは、
「仕事を楽しんでいる姿を見せること」
オーシャンズ13のようにカッコよくあろうとすること」
「常に俯瞰的な視野をもつこと」
そして、なにより「魅せる授業をすること」だ。

飲み会は楽しみの最たるものだが、プライベートでも飲みたいと思える者同士が仕事をすれば、当然仕事も楽しくなる。
相乗効果というやつだ。
それにカッコよくなければ、ああなりたいとは思わないだろう。
だから、見た目や立ち居振る舞いを中心にした自己プロデュースには何かと気を使うようになった。
わかりやすくいえば、ロシアまで美容師を呼び寄せるサッカーの本田選手のようなものだ。
そして、自分がどこにいて、どういう役割を果たしているのか、果たすべきなのか、それがそれまでとは違う、もっと広大な文脈のなかで位置づけることを怠らない。
自分のものさしを後生大事に抱え込んでいる限り、自分の限界を超えることはできない。
自らに挑戦しない者が、挑戦者を育てることなど落合GMの力を借りたとて、至難の業だろう。
そのなかでもやはり授業は(僕にとってもだが、教師という生きものにとっては特に)特別な存在だ。
防備録もかねて、授業に関するいくつかのポリシーを書き残しておきたい。
(読者もいないし、そのためのブログなのだから、あえて断り書きをする必要ないのだが)


僕の授業観の根幹には、自分が生徒だとして、授業を受けたいと思えるものしなければならないという強い想いがある。
というのも、僕は高校時代ほとんど授業を聞いていなかったからだ。
勉強は苦痛以外のなにものでもなかった。
勉強というものが、こんなにも面白いものだとは微塵も思わなかった。
知性が活性化することで、震えるような感動を味わえるとは想像だにしなかった。
つまり、過去の自分を振り向かせたいのかもしれない。
気になる女の子を目の前にしたときのように。
だから、授業はつねに自分との対話でもあるし、その自分は仮想の自分でもあるから、容易に目の前の生徒に変態する。
その自分を目の前にして、アッと驚かせる最高レベルの授業で一泡吹かせてやりたいのだ。
自分への復讐か。
動機としては不純かもしれないが、話を元に戻すと、要は自分自身が仕事を楽しむとはそういうことでもあると思うのだ。
そして、なにより過去の自分は、なかなか手強い。
男子一生の仕事としては申し分ない。
フロイトだって、自分の無意識を知りたくて、心理学を創造したんだから。

その強敵をギャフンといわせるための最大の武器が、授業のライブ感だ。

予備校業界では、今、東進ゼミナールの勢いが破竹のごとくである。
地方との教育格差をなくしたという点での革新性は認めるが、早晩東進の凋落は始まるだろうと予感している。
なぜなら、東進の受験テクニックがいかに優れていようが、どれだけ魅力的な講師陣を集めようが、ライブではないからだ。
再現性の高い東進型講義や今話題のマナビーなどは、知を情報と取り違えている。
受験に必要なコンテンツを、効率よく、大量に、わかりやすく、速く提示することこそが、ユーザーのニーズであると。
しかし、生徒は生ものなのです。
例えば、5限目の授業ならきっと腹一杯で眠いはずだし、夏は暑いし、失恋すれば目には何も映らなくなる。
注意力の差や理解力の差で、聞いている内容は変わるという当たり前の事実を、無視している。
それを、同じ言葉を語り、同じ情報を伝えれば、生徒の学力は向上するという考えは傲慢を通り超えて、ある意味暴力だ。
目の前にいる生徒達にむかって、あなたたちなんていなくてもいいよと言うのと同然だから。


ライブの良さは、一回性にある。(ライブだから当たり前のことだが)
つまり、その場でしか生まれない知の最前線に立つことができるということである。
知の現場。今、まさにこの場所で何かが生まれている感覚。
一番良い授業というのは、予想もしなかったことが生徒の反応に、矢継ぎ早によどみなく切り返し、後から振り返ってもそれ以上ないと感じるものである。
ラカンのいうところの「自身の問いに答えを出すのは弟子自身の仕事です。師は、弟子が答えを見出す正にその時に答えを与えます」である。
このメンバーの誰一人欠けても生まれない、この瞬間、この場所でしか再現できない授業こそ、生徒に対する最大の祝福であろうことは想像に難くない。
そして、そんな場でこそ奇跡は起こるものです。
人間が自分の限界を超えるような動きをするのは、夢中になっているときだけです。
そして、夢中になるのは、自分がしていることがどういう結果をもたらすことになるのか、あらかじめわかっているからではなく、何が起きるか予測がつかないからなんです。
何が起きるか予測がつかないけれど、何かとてつもなくおもしろそうなことが起こりそうだというワクワク感にドライブされて、人間は限界を超えて能力を発揮する。

それに、語る内容を全部主体的にコントロールしようと思ったら、出てくるものは意外につまらない。
僕が50分の授業のためにきっちり50分ぶんの原稿を造ってきて、それをすらすらと読み上げても、たぶん5分もしないうちに、教室にいる生徒の半数はばたばたと寝てしまう。(そういう教師も多い)
必ずそうなる。
それは起きて話を聞いているのは、コンテンツがおもしろいからではなく、今ここで言語が生成しているという状況そのものに生徒が感応しているからです。
つまり、再現性があるということは、生徒の様子や息づかいで授業を変化することができないということと同義であり、それは教育の死を意味している。

そのライブ感を担保するのが、板書・ノート形式と生徒いじりである。
プリントは基本的に情報を先に出してしまっているので「時間差」を作りにくい。
あらかじめ計画されていたように授業が進行していることが手に取るようにわかるのだ。
つまり、再現性の高い授業であって、ライブ感は大いに削がれる。
しかし、板書のメリットは「時間差」を意図的に演出でき、たとえそれがあらかじめ計画されたものであっても、板書しながら意図的に情報を小出しにすることで生徒に次の展開を考えさせることができる。
今まさに言語が生成しているという錯覚を引き出すトリックのようなものだ。
その状況をドライブするのが、生徒いじりである。
だから、僕の授業を見た人は、異口同音に授業のリズム・テンポがいいという。
まるでオーケストラのように、しかるべき人が、しかるべきタイミングで、音を奏でているからだ。
そして、ごくまれに(年に数回)、この二つがケミストリーを起こしたとき、本当に奇跡としか言いようのない幸福な授業が生まれる。
それはあとから何度、同じコンテンツで、同じ言い回しで、同じテンポで再現しようとしてもできない。
再現性に価値があるのではなく、再現できないことにこそ価値がある。


たぶん、僕の授業は真似できる類のものではないということは、自分自身がよくわかっている。
(僕固有の経験や特性やパトリなどのパーソナルな要素に負う部分が大きいため)
だからといって後輩に教えることは無駄でない。
なぜなら、生徒は「学びのトリガー」は多様だからである。
僕では生徒のトリガーを引くことができなくても、後輩の誰かはトリガーを引くことはできるかもしれない。
つまり、僕の背中をみながら、何かを学ぶのではなく、スタイルを学ぶのである。
人間は実に多様なきっかけによって心を開き、心を閉じ、学び始め、学ぶ気力を失い、成長を開始し、退行する。
あらゆる人間のあらゆる言葉、あらゆるふるまいが、子どもたちにとっては「学びのトリガー」となる可能性があるということである。
そのことさえ伝われば、きっと誰かがトリガーを引いてくれる。
そういうスタイルを貫くことが、教えるってことなんだと思う。