ヴィパッサナー 〜1日目かと思いきやまさかの1日にカウントされていない初日の記録〜

まず最初に、「ヴィパッサナーって何?」という人のために、ヴィパッサナーについてネットの力を借りてまとめておきます。
日本ヴィパッサナー協会によると、

ヴィパッサナーとは「ものごとをありのままに見る」ための、インドの最も古い瞑想法のひとつです。ヴィパッサナー瞑想法は合宿の十日間コースで指導されます。合宿コースは、日本にあるヴィパッサナー瞑想センターで行われます。日本にはセンターが二ヵ所あります。京都府船井郡京丹波町ダンマバーヌ・センターと千葉県長生郡睦沢町ダンマーディッチャ・センターです。合宿コースは寄付のみによって運営されております。合宿の参加費用は食費、宿泊費を含めて、一切請求されません。

ツッコミどころ満載だが、ここはあえて無視して話を進めます。

場所は、わざわざ千葉まで行く必要性がどこにも見当たらなかったので地元の京都を選択し、万難を排してネット申込受付初日に申し込む。
まるで人気コンサートさながらである。
申し込む際に、「新しい生徒」か「古い生徒」を選ぶ項目があり、「古い生徒」というものに違和感を抱くが※1、初めてだし老人でもないので「新しい生徒」を選んだら、無事参加が認められた。


そして、いよいよ当日。
JR二条駅から園部方面行きの電車に乗って約30分、「園部駅」で下車。
ここからバスに乗るようにホームページでは指示されているものの、駅前はバスが来るとはとても思えないほど閑散としていた。
同じ目的と思われる一団がいたので、少し距離を置いて待っていると、ほどなくして本当にバスが来た。
この時点ですでにド田舎なのに、さらにそこから路線バスに乗って約50分、「桧山バス停」で下車。
さらにさらにそこからセンターに電話をして迎えに来てもらう。
送迎ワゴンが来て、それに乗って約20分でやっとセンターに到着した。
これだけ俗世から遠ざかると、いよいよ修行感が高まってきた。
修行には、やはり、人里離れた山奥がよく似合う。


センターに到着すると、まず財布や携帯電話、書物など戒律で禁止されている物を全て預ける。
それから戒律やプログラムの説明を受け、戒律を守る事、絶対にコースの途中でリタイアしない事などを誓う誓約書にサインをする。
戒律とは主に次の4つことで、

戒律①10日間誰とも話してはいけない
戒律②10日間誰とも目を合わせてはいけない
戒律③10日間字を読めない
戒律④10日間字を書けない
(ということはもちろんスマホ没収)

だが、個人的にはこの戒律に勝るとも劣らなかった大きな不安材料が、禁欲を除く以下の3点である。

不安①食事は午前中のみ(晩飯なし)
不安②飲み物は基本的に水(お酒なし)
不安③寝るときクーラーなし
(当たり前)禁欲

くいしんぼうの俺が、晩飯抜きの生活が耐えうるのか。
職場にコーラの類を常備するほど炭酸大好き人間の俺が、お酒と炭酸なしの生活が耐えうるのか。
くそ暑い京都の真夏にクーラーなしで寝ることなんてできるのか。
戒律の恐ろしさを知らない世間知らずな俺にとっては、不安材料の方が恐ろしかった。
なにせ人が生きていくためには衣食住が必要だが、その「食」と「住」が脅かされているのだ。
生命の危機といっても過言ではない。

しかし、初日は特別ということで夕食に蕎麦が用意されていた。
シャバならとても美味しいとは言えない代物だったが、この先食べれないことを考えたら不安で、一生ぶんくらいの蕎麦を食べてしまった。

腹ごしらえを済ませると、荷物を10日間お世話になる部屋に置きに行く。
どうやら俺が一番最後だったようで、俺以外の住人5人全員がそろっていた。
そう、部屋といっても6人一部屋で、一人が占有できるスペースは布団のみ。
6枚の布団を敷くと足の踏み場もない位狭い部屋だった。※2
そこで10日間暮らすのだ。
嬉しい誤算は、俺に割り当てられたスペースの目の前に扇風機があったことだ。
この僥倖に心の底から神に感謝した。
これで不安③に対する心配がだいぶ軽減された。
実際に扇風機がなかったメンバー⑤(下のメンバー紹介参照)は、声を出すことが禁止されているにもかかわらず、「あつい、あつい」と一晩中うめいていた。※3
しかし、誰も扇風機を貸してあげることはできない。
なぜなら、それは自らの死につながるからだ。
まさに地獄だった。


ここで、「弱者の部屋」の仲間を紹介しよう。※4

メンバー①アランfromカナダ
宮崎県の高校のALT。最初は真面目だったが、この部屋のせいか、徐々に怠惰になっていく。
メンバー②大久保さん
京都府城陽市在住のレゲエ好きなフリーター。個人瞑想の時間は基本的にこの部屋で寝ていた。しかし、底抜けにいい奴。
メンバー③ロンブー中田
この部屋で唯一ストイックに修行する求道者。長髪を後ろで束ねた姿はまるで旅人になった中田英寿のよう。クールなスカした野郎かと思いきやナイスガイ。
メンバー④ラジャーfromインド
本場インドからの参戦。大物感満載だったが、こけおどしのサボり名人。禁止されているスマホをいじっていたときは部屋の誰もが殺意を抱いた。
メンバー⑤リーダー
福岡より参戦した介護士。寝言が尋常ではない。チャリで本気で脱走しようと企む。

これだけバラエティに富んだメンバーが集まった部屋はここだけで、つらい思い出のはずだったが、どれも今となっては楽しい思い出だ。
ただし、これらの情報はすべて修行最終日に知りえたことであって、修行中は戒律のために話すことも、目を合わすことさえできなかった。
この行為は「聖なる沈黙」と呼ばれ、のちにさまざまなハプニングを引き起こした。※5



部屋に荷物を置いた後、ボランティアスタッフの紹介や瞑想法についての説明などを聞き、さっそく瞑想ホールで1時間ほど初めての瞑想を行う。
瞑想ホールは前方中央に先生が座り、向かって左側が男性、右側が女性と別れている。
その脇にはそれぞれボランティアスタッフ男女各5名ほどが座る。
そしてその手前に今回参加する生徒、男女それぞれ約30名ほどが座る。
前列から「古い生徒」が座っていき、新しい生徒ほど後ろの方に座る。
ここで二つ目の僥倖、またしても神に感謝することになった。
なんと俺の座席は最後列だったのだ。
これは何を意味するかというかと、背中に壁があるということだ。
辛くなった時、何度この壁に助けられたことだろう。
この壁がなかったら、厳しい修行を乗り越えることはできなかったかもしれない。

とにかく、修行が始まった。
なんとも言えない緊張感とこれから始まる10日間に対する皆の不安な気持ちがホール全体に漂う。
瞑想中は目をつむり、足はあぐら。
基本的に座禅によく似ているが、座禅では目はつむってはいけず、半眼にすることが求められた。
なぜなら、目をつむると眠るからだが、確かに瞑想始まったばかりの頃はよく寝ていた。
というより、長い修行時間を少しでも短くするために眠ることでサボっていた。※6

早速この状態でじっとしていることの辛さを痛感する。
足、背中、首、身体の各部が痛みだし、ホール内には痛みを和らげる為にあーでもない、こーでもないと体勢を変えた時に出る音が響き渡る。
とにかく楽に座れるフォームを確定することが喫緊の課題で、修行中ずっと試行錯誤していた。
野球選手のフォーム固めと基本的には同じだ。
フォームが大事なのだ。
時には座布団の数を増やし、時には座布団を太ももの下に挟んでみたり、手の位置を変えてみたり、前半の修行は修行どころではなく、フォームづくりといってもよかった。
そうこうしているうちに「カーン」と言う鐘の音が3回鳴る。
そう、コース中は全てこの鐘が合図となる。
朝4時の起床、夜21時の就寝の知らせ。
瞑想中であれば休憩の知らせ。
休憩中であれば瞑想の知らせ。
初日は初めて聞くこの鐘の音が就寝を知らせる音だった。
座禅と同じだ。
この鐘の音に支配された世界を生きていかねばならないのだ。
暗澹たる気分で、用意された自分の部屋に行き布団を敷いて就寝する。



※1のちに「新しい生徒」か「古い生徒」は重要な意味をもつことを知る。そして、old studentを直訳したら「古い生徒」と呼んでいることも。誰か「経験者」に訂正してあげればいいのに。
※2部屋にはいろいろなタイプがあり、他にも2名部屋、ベッド完備の部屋などいくつかの部屋に分かれていた。「古い生徒」ほど優遇されるシステムで、最上級の生徒には個室が与えられていた。だからといって誰も何度も修行に来てランクを上げたいとは思わない。
※3あまりのことに見かねたのか、メンバー④が夜中にどこからか小型の扇風機を見つけてきて与えたので、翌日以降は「あつい」とは言わなくなった。しかし、メンバー⑤の寝言ははてしなく続いた。
※4「弱者の部屋」というのはその名の通りで、この部屋はまるで部活動の部室のように修行をサボるための部屋と化した。この部屋にいるとダメ人間になるので、戒めもこめて俺の心の中だけで「弱者の部屋」と名付けた。
※5聖なる沈黙事件
消灯後、寝ぼけまなこでトイレ行くと、電気もついていない。慣れのせいもあって、目をつぶったまま便器に向かい、ズボンを下した。すると、そこにはメンバー⑤リーダーが。リーダーは小便をひっかけようとする俺をとめようとするが、話してはいけないので口をパクパクし、必死のアピールをしていた。すんでのところで回避したが、非常事態ですら戒律を優先する修行者の姿は滑稽だった。
※6 5日目くらいからやっと目をつむっても眠らなくなった。これには自分が一番驚いた。まさしく修行の成果。